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上海日記・・9

       昔の上海日記第9弾です。

1995/3/21(火)<後半> :同日前半は前の記事

さて、朝飯の後、散歩したり(その途中道に数学の計算を書き散らした紙が落っこちていた。というのもVANさんの家はJ州中学の広い意味での敷地のなかなのだった。)一休みしたりしてCHOの工場へ行く。
(中略)
昼は例によって宴会となる。宴会からVANの家に帰って昼寝をしているとYUNが私を起こして言うのに6の75%・・・(以下計算の話が続くが略す)・・・。
たぶん文化大革命の影響で数学の系統的な教育を受けられなかったのであろう。

 さて、それからVANさんのお母さんが入院しているという病院へお見舞いに行った。その帰途橋の上でYUNが目を赤くしていた。このお母さんはあと1か月の命だと言われているのだ。
家に帰ると、サーラトンボさんまた晩も宴会ですよと言う。げげっ、そんなら昼間あんなに食うんじゃなかった。また、タバコも吸わず、話にも加われない私は食うしかないのである。席上、ある人がカラオケは日本にもあるかとYUNに聞いていた。中国で出来たものと思っているらしい。

なんとか宴会をすませて、その後のダンスもすませて相手が用意したホテルの部屋に入る。一瞥した時は、おっなかなかいいじゃないかと思ったが、よく見るとやはり中国の中級ホテルだった。まず、バストイレだが、排水溝が便器の周りの床より高いところにあるので、便器の周りの水がいくら経ってもなくならずビシャビシャのままだ。水が引かないのはともかくとして、新しい客が入るのに一旦にしろそれを拭いてないのだ。見れば、洗面台の上も前の客がちらかしたまま。さらにベッドの真ん中が妙に沈んでいる。おそらくスプリングがばてているのであろう。窓から外を見るとJ州駅が見渡せる。が、ふと窓の下を見ると、ひさしがあったのだが、その上にこのホテルを建てた時の残材とおぼしき板切れが散乱し、1ミリ程もほこりが積もっていた。これを片付けようと思わない神経がわからぬ。また、フロントの後ろの気取った世界各都市の時計が傑作である。TOKYOがTOKOYにNEWYORKがNEWYROKである。
夜、食い過ぎで気分が優れず、なかなか寝られず。


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